ビル・ゲイツという名前を知らないビジネスマンはいないだろう。世界長者番付で13年間も1位を保持した、マイクロソフトの共同創業者だ。そのビル・ゲイツが、夫人であるメリンダ・ゲイツと、ウィリアム・H・ゲイツ・シニア(ビルの父)とともに、アメリカ・シアトルで創設した慈善財団が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団である。2012年には財団のビジターセンターをオープンし、無料で一般公開されている。まるでミュージアムのような展示のクオリティーで、シアトルの新たな観光名所にもなっているのだそうだ。
私はマイクロソフトに勤務した経験もあり、かねてからこの財団の活動に興味を持っていた。そこで今回は、改めてビル&メリンダ・ゲイツ財団の活動内容をみてみたいと思う。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation、B&MGF)は、ビル・ゲイツの個人資産を利用しており、資産400億ドルを超える世界最大の慈善基金財団である。そのゲイツ財団に、もう1人の大富豪ウォーレン・バフェットは、自身の率いる投資会社バークシャー・ハザウェイの株式のうち、約300億ドルに相当する株式を寄贈することを、2006年に発表している。バフェットは、彼の持つ個人資産のうち85%を複数の慈善財団に寄贈し、そのうちの83%をビル&メリンダ・ゲイツ財団に充てる予定。300億ドルに相当する寄付は、史上最大級の寄贈となり、彼は自分以上にゲイツが社会の問題を解決するために効果的にお金を使ってくれることを信じているのだ。
この寄贈について、メリンダ・ゲイツは、「大変恐縮するとともに光栄に思う」と語り、又「自分の財産を投げ打つのと、他人が生涯かけて築いた財産を投げ打つのとは、責任が違う」と自分の活動における責任の大きさを自負している。
この財団の特長は、大きく2点あると思っている。
1つ目は、世界最大規模であるにもかかわらずファミリー財団だということだ。ロックフェラー財団やフォード財団には10数名のボードメンバーがいるが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の共同議長を務めるのはゲイツ夫妻とビル・ゲイツ・シニアのみであり、理事もゲイツ夫妻とバフェットの3人だ。
2つ目の特長は、ただ資金を出すだけはなく、相手を巻き込みながら、財団とパートナーが生み出す「結果」にこだわっている点だ。レバレッジを利かせながら、お金以上に大きな力を作り出して結果を出そうとするところがマイクロソフトを成功させたビル・ゲイツらしいと思う。
この財団の指針を知るために、財団が掲げる15の原則をご紹介したい。
■財団15の原則(日本語訳:サイコス)
1.This is a family foundation driven by the interests and passions of the Gates family.
ファミリー財団であり、ゲイツファミリーの情熱と興味によって運営される
2.Philanthropy plays an important but limited role.
慈善事業は重要だが、限られた役割を果たす
3.Science and technology have great potential to improve lives around the world.
科学とテクノロジーは世界の人々の暮らしを改善する大きな可能性を持っている
4.We are funders and shapers—we rely on others to act and implement.
我々はあくまでも資金提供者であり、形作る者で、実際の活動、実行は他の者に頼るものとする
5.Our focus is clear—and limited—and prioritizes some of the most neglected issues.
我々のフォーカスは明白だ(又、限定されている)、そして最もなおざりにされている問題を優先させる
6.We identify a specific point of intervention and apply our efforts against a theory of change.
我々は介入するポイントを特定し、変化の理論に対する我々の努力を適用する
7.We take risks, make big bets, and move with urgency. We are in it for the long haul.
我々はリスクを負うし、大きな賭けもする。又緊急性を伴い行動する
8.We advocate—vigorously but responsibly—in our areas of focus.
我々は我々のフォーカス分野を(精力的に、しかし責任を持って)推奨する
9.We must be humble and mindful in our actions and words. We seek and heed the counsel of outside voices.
我々は我々の活動や言動において謙虚であると共に注意深くなければならない。我々は外部からの助言を求め、それを留意する
10.We treat our grantees as valued partners, and we treat the ultimate beneficiaries of our work with respect.
我々の被譲与者を大切なパートナーとして扱い、我々の活動における最終受益者を尊敬の念をもって扱う
11.Delivering results with the resources we have been given is of the utmost importance—and we seek and share information about those results.
我々に与えられたリソースを用いて結果を出すことが最も重要なことであり、我々はこれらの結果を求め、シェアするものとする
12.We demand ethical behavior of ourselves.
我々は、我々の倫理にかなった行動を要求する
13.We treat each other as valued colleagues.
我々はお互いを大切な同僚をとして扱う
14.Meeting our mission—to increase opportunity and equity for those most in need—requires great stewardship of the money we have available.
我々の使命を満たす(最も必要としている人々の機会と公平さを増やす)ためには我々が利用できる資金のたいへんな管理を要する
15.We leave room for growth and change.
成長と変化のための余地を残す
~財団の革新的な取り組み事例~ローンコンバージョン
この財団が結果にこだわって、取り組んだ革新的な事例を1つ紹介したい。
2011年8月にJICAとゲイツ財団の間で業務協力協定が締結され、世界におけるポリオ撲滅対策等の強化に向けた戦略的パートナーシップを結ぶことを発表した。このパートナーシップの第1弾として、両機関はパキスタンのポリオ撲滅対策を支援するための合意文書を締結したが、これには「ローン・コンバージョン」という革新的な手法が用いられている。この手法とは、パキスタン政府により事業が成功すれば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がパキスタン政府に代わってJICAに49億9,300万円に及ぶ円借款の債務返済を行うというものだ。この手法により、資金を受け取る側の努力を引き出しつつ、最終的にパキスタン政府に債務負担を課すことなく、ポリオ撲滅対策を支援することができる。(JICAホームページより一部抜粋、詳細はこちら)
~第一回まとめ~結果を出したい財団
米国ではファミリー財団であることを批判する人も多い。しかし、ビル・ゲイツは、ビジネスの手法を持ち込み、1000名もの財団職員とともに、結果を出すことにこだわっている。彼は、全く新しい財団を作り出し、新しい流れを作り出そうとしているように思える。フォードやロックフェラー財団の様に多くのボードメンバーがいる財団では、リスクの高い資金提供や、賭けに反対するものもいるだろう。ゲイツの財団なら、共同議長もファミリーに限定されているので、判断を早めることができる。彼らはチャリティーという名目や名誉がほしいのではなく、結果を出したいのだ。かつてビル・ゲイツがコンピューター界で改革を起こしたように、慈善事業界をも良い方向に変えてくれるのではないかと私は期待している。
私がマイクロソフトで働いていたときの体験談だが、小さなパーティで彼から話を直接聞いたことがある。ゲイツは、95年当時から資産の95%以上はすべて寄付をしたいと話をしていた。今驚いているのは、彼はただ寄付をするだけはなく、資産を意味ある形で使い切ろうと考え、社会の問題を解決することに真剣に取り組んでいることだ。彼は、ロックフェラー財団のように長期的に財団が存在することを望んでいない。「2025年までに肺炎球菌性肺炎、ロタウイルスに対する予防接種を世界中の子どもたちの90%に提供する」など、「いつまでに何を実現する」といった目標を明確にしている表現が多いのも、ビル・ゲイツの財団らしさの象徴だ。
次回の記事は、このビジネスマンの運営する財団が、具体的にどのような活動をしているのかを紹介していきたい。
(この記事は、2012年に執筆したものを加筆修正したものです)