サイコスの青葉でございます。
前回のブログでは、「ラグジュアリーホテル編」と題し、各地で開業が相次ぐラグジュアリーホテルを取り上げました。しかし、訪日外国人客の多様なニーズに応えるには、より多様なサービスを提供するホテルの開業が急務でしょう。また、これまで訪日外国人客が日本に来る目的といえば、「爆買い」と呼ばれる大量購入を思い浮かべるかもしれませんが、昨今の訪日外国人客は、体験などをより重視する「コト消費」に比重がシフトしています。
今回の第二弾では、「コト消費」を提供する新興勢力系のホテルを中心に、そのユニークなサービスについて迫っていきたいと思います。
◆訪日外国人客の流れは「モノ消費」から「コト消費」へ
インバウンド市場において、近年注目されるようになった「コト消費」とは、所有では得られない体験や思い出、人間関係に価値を見いだして、芸術の鑑賞や旅行、習い事といったレジャーやサービスにお金を使うことを言います。対比して「モノ消費」とは、消費者がお金を使う際に、所有に重きを置いて物品を買うことを言います。
以下の表は、2019年に観光庁が発表した「旅行費額の内訳」です。この表から、「娯楽サービス費=コト消費」の規模がどの程度かわかりますが、日本の市場規模はOECD加盟国と比べるとまだまだ低いことがわかります。
また、以下の調査は、世界20カ国・地域の20〜50代男女にオンラインで実施した定量調査です。「海外旅行をする際に体験したいこと」を質問したもので、「豊かな自然」、「街並みや有名な建築」、「歴史や遺跡」、「食事やお酒」を体験として楽しみたい割合が高く、全体の半数を超えています。
以下は、訪日外国人に人気の体験型観光ランキングです。日本文化的なものが半分、自然体験的なものが半分といった感じでしょうか。
より多くの訪日外国人客に満足・リピートしてもらうためには、こうした「コト消費」の市場規模を大きくしていく必要がありそうです。
◆「星野リゾート」が、ヨーロッパ発祥「アグリツーリズモ」に参入
全国でホテルや旅館を展開する星野リゾートは、日本発の「アグリツーリズモ」をコンセプトにしたリゾートホテル「星野リゾート リゾナーレ那須」を2019年11月に開業しました。アグリツーリズモとは、イタリア語のアグリクルトゥーラとツーリズモの造語で、都会の喧騒から離れその土地の農体験や自然体験、文化交流を楽しむ観光の形のこと。ヨーロッパ発祥と言われ、イタリアを中心とする世界各国で楽しまれています。
リゾナーレ那須での「アグリツーリズモ」の滞在の軸となるのは、生産活動に触れる体験。生産活動のフィールドとなる畑や田んぼは那須エリアの象徴的な風景のひとつでもあり、リゾート内でもその風景を親しみながら過ごすことができます。
施設内には農園「アグリガーデン」があり、地元農家からアドバイスを受けた有機農法を参考に、畑の耕耘(こううん)から肥料づくり、野菜やハーブの種まき、収穫まで一連の農作業を実践することが可能です。また、ガーデン内の畑や温室「グリーンハウス」では、通年で約80種類以上の野菜やハーブが育てられているのだそう。施設に隣接して田んぼも広がり、農作物を育む風景は季節ごとに移り変わります。
また、農業体験に加え、地域の自然環境を活かしたアクティビティを楽しむことも可能です。晩秋のこの時期には、「焼き芋ミッション」と呼ばれる焼き芋イベントが開催されます。自ら落ち葉を拾って、焚き火を焚いて、焼き芋をするのだとか。その他にも、早朝の森での散策をはじめ、雪遊びなど、季節に合わせたアクティビティが用意されています。
「星野リゾート リゾナーレ那須」は、東京から新幹線とバスで約1時間半という立地にあり、農作物を育む地域の風景を親しみながら、気軽にアグリツーリズモを楽しむことができそうです。
◆漫画をテーマにした新感覚ホテル「ホテルタビノス浜松町」
日本の玄関口・羽田空港にアクセスしやすいエリアで、ミレニアル世代の訪日外国人客をターゲットとするホテルが2019年8月にオープンしました。藤田観光が手掛ける「ホテルタビノス浜松町」です。
このホテルの内装は、日本の文化である「MANGA(マンガ)」をコンセプトにデザインされ、フロントに降りた瞬間から、まるでマンガの世界に入り込んでしまったかのような不思議な感覚を味わえます。
しかし、昭和の雰囲気漂うレトロなイラストとは対照的なのが、AIコンシェルジュや自動チェックイン機、セルフクロークなどの最新設備。通常業務の手間を省き、ホテルスタッフが客とのコミュニケーションに集中しやすいよう工夫されています。
同社は、「モノよりコトを重視するミレニアル世代のニーズを意識した」といい、ロビーにはコーヒーマシン、朝食時間帯は無料の軽食なども用意。人が集まる場所も充実しています。
また、ホテルタビノスが出店した浜松町エリアは都市再開発が進んでおり、2020年までに商業施設を兼ねた複合ビルが複数オープンする予定です。中でも、浜松町と竹芝を結ぶペデストリアンデッキ(歩行者デッキ)が完成予定であるため、2020年には、羽田空港から浜松町まで東京モノレールで移動した後、ペデストリアンデッキを歩いてそのままホテルに入れるようになります。
ホテルタビノスの第2弾は、20年5月に浅草で開業予定。「21年までにはインバウンドが多い都市を中心に5軒の展開が目標」とのことです。
◆都心の主要ホテルで日本文化の体験を
訪日外国人客へのサービス強化策として、都心の主要ホテルも、体験や思い出などを重視するコト消費に注目しています。ホテル内で茶道体験をしたり、酒蔵体験ツアーを企画したりなど、日本文化に気軽に触れられるイベントをきっかけにホテルの知名度を高めたい考えです。
例えば、ホテル椿山荘東京。様々な日本文化体験ができるアクティビティを用意しており、「茶道体験」や「着付け体験」といったベーシックなものから、「手焼きせんべい体験」や「苔玉作り」といった変わり種まで目白押しです。また、宿泊者限定で「サムライ体験」も実施しており、クエンティン・タランティーノ監督の映画「キル・ビル」で殺陣の振り付けを担当した島口哲郎氏がこちらを監修しています。約90分のワークショップで、剣術の立ち回りなどを体験でき、料金は2~5人で9万円。
前述の「茶道体験」は、ホテルの日本庭園にある茶室で、四季を感じながら楽しむことができ、こちらはレストランで食事をした人も利用可能です。年間数百人が参加しており、うち9割は欧米からの観光客なのだそう。
また、最近リニューアルしたホテルオークラ東京では、直営の日本料理「山里」で、英語による和食のテーブルマナー講習を実施しています。こちらの講習では季節の会席料理を味わいながら、はしの持ち方や器の扱い方などを学ぶことができ、宿泊客以外の利用も多いのだとか。口コミで予約が入るほど人気で、山里のマネージャーは「文化を発信していくホテルとしてさらに力を入れたい」と意気込んでいます。
◆まとめ
世界的に、旅行者のトレンドがモノ消費からコト消費へと移行し、コト消費の需要が急速に高まっています。日本国内でも、家電製品などの「爆買い」は落ちつき、リピーターを中心に日本特有の体験を求める傾向が強くなっていることが明白です。日本文化体験や、日本独自の自然に触れるツアーなどのコト消費が盛り上がるにつれ、今後は、より地域に根ざした体験プログラムを提供したり、違いを出そうとする企業・団体も増えていくでしょう。
しかし現在、その需要の変化に対し、訪日外国人客がスムーズにコト消費を行えるようにするための整備が追いついているとは言い難いかもしれません。モノ消費からコト消費への変化に対応するためには、多言語に対応できる人員を配置したり、タブレットの翻訳サービスを利用したりするなどの多言語対策や、日本のアクティビティを海外からWebで予約できるような体制をさらに構築していくことが必要です。
今回は、「新興勢力『コト消費』ホテル編」と題して、ユニークな体験サービスを提供するホテルについて取り上げました。次回は最終回「格安ホテル編」と題し、国内系・外資系の格安ホテルの熾烈な争いについて迫ってみたいと思います。